新しい漁のかたち 注文を受けた分しか捕らない「完全受注漁」

注文を受けた分だけの魚を捕って消費者に直接届ける「完全受注漁」が注目を集めています。

「完全受注漁」とは?

受注漁とは、顧客から注文を受けてから海に出て、魚を捕る漁のやり方です。

受注漁の中でも、特に、注文を受けた魚以外は市場価値があるものでも海にリリースするやり方を「完全受注漁」と呼びます。

これまでの漁は「できるだけたくさんの魚を捕る」ことを目標としていました。

たくさん捕ればそれだけ収入が増えるからです。

しかし、自然の回復力を超える量の魚を捕ってしまうと、いずれは魚の数が減り、漁獲量の減少を招きます。漁師は減った漁獲量を補うために、少なくなった魚を少しでも多く捕ろうとし、さらなる海洋資源の減少を招くという悪循環に陥ってしまうのです。

加えて、温暖化による海の環境の変化が状況を悪化させています。

「できるだけたくさんの魚を捕る」というこれまでの漁のやり方では、漁を続けるために最も大事な、海洋資源の維持が難しい状況になっているのです。

そこで、注目されているのが「完全受注漁」という新しい漁の形です。

海の資源を守る

岡山県の富永さんは、瀬戸内海の豊かな漁場で完全受注漁に挑戦しています。

当初は市場に卸すだけの漁をしていましたが、7年前から個別注文への対応を増やし、去年からは市場への出荷をせず、インターネット(オンラインストアやインスタグラム)を通じて個別注文のみに対応する完全受注漁を実践しています。

富永さんの漁法は船から投げ入れた漁網をワイヤなどに連結して曳航する底引き網漁です。

当然、受注した魚以上の魚が捕れることがあります。そんなときは、あらかじめ注文のあった魚以外はすべて海にリリースします。たとえ市場価値のある魚であっても市場に卸すことはせず、海に戻すという徹底ぶりです。

海底の魚は網で釣り上げられる際に、気圧の変化で魚体がぷっくりとふくれてしまうことがあります。そんな時には、一匹一匹の空気を丁寧に抜いてから海に戻します。

使う網にも工夫が施されています。漁協では稚魚を捕らないために網の目は23ミリメートル以上という決まりがあります。富永さんはそれよりも目が粗い34~50ミリメートルの網を使用しています。できる限り稚魚や小魚を捕らないための配慮です。

底引き網が巻き上げた海底のゴミも一つ一つ丁寧に回収し、処分しているそうです。

むやみな乱獲をせず、海の資源を守り、持続的な漁を続けていくための取り組みです。

完全受注漁で売上は倍増

冨永さんは完全受注漁に切り替えたところ、市場出荷がメインだった数年前に比べて売上が倍増しました。

これまでは仲卸を通して魚を売っていたため、消費者の手元に届くまでに、仲卸、小売店と複数の業者が間に入ることになります。そのため、卸価格は消費者が支払う価格に比べてずっと低く抑えられていました。

消費者から直接注文を受けることで単価が上がり、出荷量を抑えても十分な収入が確保できるようになったのです。

さらに、市場の卸価格は全体の水揚げ量により価格が大きく変動するため、経営が不安定になりがちでしたが、消費者に直接販売することによって、大きな価格変動がなくなり、経営が安定するようになりました。

労働時間は半分に

完全受注漁を始めてから漁の時間が6時間程度と、これまでの半分以下に減るという嬉しい変化がありました。これまでほとんどなかったプライベートの時間が確保できるようになり、子どもと遊びに出かけることも可能になりました。

以前は少しでも多くの魚をとるため、一度漁に出たら14時間近く漁を続けることもありました。

完全受注漁では注文を受けた魚が捕れれば漁はそこで終わりです。受ける注文の量をコントロールすることで、漁の時間もコントロールすることができます。船を出す回数や時間が減ったことで、燃料費などコストも削減できました。

まとめ

完全受注漁は海の資源を守るだけではなく、消費者との直接取引により売上が安定し、働き詰めだった漁師の働き方にまでいい変化をもたらしています。

これから新しい漁のかたちとして広まっていくかもしれません。

参考