『獣の奏者』『精霊の守り人』など、数々の名作を生み出した上橋菜穂子さんが、物語を書くこと、そして生きることについて語っています。作家になりたいと少しでも考えている人にぜひ読んで欲しい一冊です。
人が、必ず終わりを迎える有限の命の中で生きる意味を次のように語っています。
有限の命を生きるしかない人間が、それでも何かを知りたいと思い、それまで誰も解くことができなかったことに挑んで、それによって、この世界の何かが確実に変わることがある。変わったからといって、いずれは地球も砂になりますから、じつは意味のないことなのかもしれませんが、少なくとも、生きているあいだ、人の幸せとなる何かを生みだせるなら、それはそれで、意味があるのではないか。
自分も、そんなふうに何かをなしえる人になりたいと願った。(p.49)
幼いころの体験や感じたことは、大人になって生きていくうえで、かけがえのない宝物になります。
自分自身が体験したことじゃなくても、心のやわらかい時期に刻まれた感覚を、人は大人になっても鮮明に持ちつづけているのだと思います。そうして書き手として、まさにそれが必要になったときに、記憶の底から細い糸をたぐるようにしてよみがえってきて、それがいきなり生きるのです。
そういうことがなかったら、どんな物語も膨らみのない、かたちばかりのものになってしまう気がします。それを思うと、おばあちゃんが与えてくれたものは、本当に大きかったと思います。(p.53)
大人になって、いろいろなことがあっても、夢を持ちつづけることが、夢をかなえるただひとつの道です。
「・・・・・・私、作家になりたいんです」
気がついたら、言葉が口からこぼれていました。
「なれますよ」
ボストン夫人は、大きな手で私の手を包みこむように握り、そう言ってくださいました。
「大人になって、いろいろなことがあっても、あなたがその夢を強く持ちつづけているのなら、あなたはきっと作家になれます」
このときのボストン夫人の言葉に、このあとも、どんなに力をもらったことでしょう。
ボストン夫人の自伝『意地っぱりのおばかさん』を読むと、彼女こそが書きたい気持ちをずっと持ちつづけていた人だということがわかります。恵まれた家庭の普通の主婦だった彼女が「グリーン・ノウ』シリーズで作家デビューしたのは、六十二歳のときでした。(p.102)