豚の放牧で耕作放棄地解消へ

豚の放牧で耕作放棄地解消へ

豚の放牧により耕作放棄地を解消する取り組みが増えています。

日本で放牧と言えば牛が一般的です。また、ヤギによる雑草除去もよく見聞きするようになりました。一方で、豚の放牧はこれまであまり一般的ではありませんでした。しかし、豚の放牧には牛やヤギにはないメリットがあり、注目を集めています。

「ルーティング」で土を耕す

耕作放棄地での豚の放牧による最大のメリットは「ルーティング」です。

ルーティングとは、鼻を使って地面を掘り返す豚の習性です。土中の虫や植物の根・球根を掘り返して食べるための行為で、「鼻掘り」とも呼ばれます。

豚のルーティングは非常に強力で、長年放置されてカチカチになった耕作放棄地の土でもふかふかにすることができます。背丈の低い小さな木まで掘り起こすほどです。

さらに、掘り起こした草の根や地下茎を噛み砕いて、細かくしてくれます。地下茎や根が残っていると雑草はすぐに再生してしまいますが、豚はこれらを取り除いてくれるので、雑草の再生を抑えることができます。

地上の草を中心に食べるだけのヤギや牛と違い、土を掘り返して根や地下茎まで噛み砕くルーティングを行う豚は耕作放棄地の解消に大活躍します。

耕作放棄地問題の解決へ

農家の高齢化や担い手不足により、全国的に耕作放棄地が増え、問題になっています。

耕作放棄地は食料自給率の低下という国レベルの問題だけではなく、地域レベルでもいくつもの問題をもたらします。

特に問題となるのが景観の悪化と害獣の住みかになることです。

耕作放棄地は数年で草木が多い茂るようになり、景観が悪化します。その土地に住んでいる人は耕作放棄地を見ると、昔に比べて地域が廃れたという印象を抱くことでしょう。また、転入を考える人にとっても印象がよくありません。

さらに、背丈の高い草木は、イノシシなどの害獣にとって格好の隠れ家になります。耕作放棄地が増えることで、周辺の田畑が荒らされやすくなり、害獣被害が増えたことで営農を止める人が増え、さらに耕作放棄地が増えるという悪循環が生まれてしまいます。

耕作放棄地に草木が多い茂らないよう、定期的に除草を行うことはとても重要です。

豚のストレス解消

豚は餌を得るための行動であるルーティングに対して強い行動欲求を持っています。飼料を満腹に与えたとしても、囲いの中で6~8時間かけて餌を探すことが指摘されています。

食物探索であるルーティングは本能的に強く動機づけされており、行動を制限されると強いストレスを感じ、欲求不満状態に陥ります。

そのため、行動が制限されがちな豚舎で飼育されている豚は、柵をかじったり、他の個体の耳や尾を噛む等の問題行動を起こしやすくなります。

放牧により自由に行動ができるようになることで、ストレスが解消し、これらの問題行動の軽減が期待できます。

また、放牧についてはこれまでに様々な角度から研究が行われており、例えば、牛の放牧では栄養状態の改善や血中抗酸化物質の上昇により酸化ストレスが軽減する可能性が示唆されています。

肉質が向上する

愛媛県西予市の養豚農家の長岡慶さんは、放牧による豚の肉質の変化を実感しています。

通常飼育だと約40度で溶け始める豚の脂身が、放牧豚では30度台で溶け始めるそうです。人の体温で脂身が溶け始めるため、口溶けが柔らかで、脂の甘みを感じることができます。

飼料購入費用の節約

放牧により飼料を購入する費用が削減できます。

物価高によりエサ代高騰の影響を受けにくくなります。

労働負担の軽減

放牧による飼育は、豚舎の清掃や給餌のための労働負担を大幅に軽減することができます。

最短半年で出荷が可能

豚は半年で100kgほどになり、食肉として出荷することが可能です。

そのため、耕作放棄地の改善のために半年だけ豚を放牧して飼育するといったことが可能です。

また、積雪のある地域では、春にこぶたを購入し、秋にかけて放牧して出荷するといった、地域に合わせた柔軟な運用ができます。

電気牧柵で放牧が可能

豚の放牧にあたっては、イノシシ等の対策に用いるソーラーパネル式の電気柵を利用することができます。

二重柵にすることで、イノシシなど野生動物との接触を避け、トン熱など感染性の病気を予防することができます。

内側の柵の広さを小さく区切り、耕作放棄地内を順次移動していくことで、耕作放棄地全体をくまなく耕起することができます。

他に必要なものは、水飲み場と風雨を避けるための避難小屋(カーフハッチなど)、放牧で足りない飼料を補うための飼槽だけです。

中山間地でも放牧ができる

中山間地などの斜面にある耕作放棄地では、広い土地が必要な牛の放牧が難しく、また、トラクターなど重機の搬入も容易ではありません。

その点、豚は比較的狭い土地でも放牧ができ、元々山に住むイノシシを家畜化したため、多少の斜面があっても問題になりません。

段々畑が多い地域などでは特に活躍が期待されます。

アニマルウェルフェア

現在、ヨーロッパやアメリカを中心に、「アニマルウェルフェア」の考え方が広がっています。

アニマルウェルフェアは「動物の福祉」とも呼ばれ、家畜を快適な環境下で飼育し、家畜のストレスや疾病を減らすことを重視した価値観です。

生産者にとっても、治療費等のコスト低減、品質向上による単価の上昇が期待でき、アニマルウェルフェアに対応していること自体がひとつの付加価値になります。

一方で、環境整備のための設備投資や、生産効率の低減によるコスト上昇が懸念されています。

今後、日本においても消費者の意識変化に伴い、また、アニマルウェルフェアを重視する地域への輸出に際して、アニマルウェルフェアへの対応が求められる可能性があります。

放牧は自然近い環境下で家畜が自由に行動できるため、アニマルウェルフェアに適った飼育方法の一つだといえます。

まとめ

イギリスでは開墾のために豚を放牧した歴史があるそうです。特に、南東部は気候が放牧に適しており、現在でもイギリスで養豚されているうち約40%にあたる20万頭弱が、完全に野外で管理されています。

日本では豚の放牧はまだ一般的ではありませんが、少しずつ導入事例が増えています。むしろ、最短半年で出荷でき、牛ほど広い放牧地を必要とせず、ソーラーパネル式の電気柵など簡易な設備で放牧ができる豚は、放牧に適した動物です。

特に、土を掘り起こし、雑草の根や地下茎まで噛み砕くルーティングを行う豚の習性は、耕作放棄地の環境改善や再度農業に活用する際に大いに役立ちます。耕作放棄地問題の解決策の一つとして、導入の拡大が期待されます。

豚の放牧のメリット

  • ルーティングによる除草・耕起により農地の保全ができる
  • 耕作放棄地の環境改善により周辺農地・地域への害獣被害が減る
  • 電気牧柵など簡易な設備で放牧ができる
  • 豚のストレス解消により柵かじりや尾かじりなどの問題行動が減る
  • 飼料購入費用を節約できる
  • 豚舎の清掃や給餌の労働負担軽減
  • 最短半年で出荷できる

豚の放牧のデメリット

  • 病気や怪我のリスクがある
  • 野犬や野生動物による被害
  • 脱走のリスクがある
  • 採餌量の細かなコントロールが難しい
  • 有毒植物に注意する必要がある
  • 地域によって真夏や真冬の放牧が難しい
  • 耕作放棄地の地権者が多い場合など、役場による利害調整協力が必要なことがある
  • 周辺農地、住宅等への配慮が必要

参考